Trampoline Systems:イギリス発 Enterprise 2.0 (その2)

前回に続き、Trampoline Systemsについてのまとめです。

3. Ethnography(エスノグラフィー:民族誌学)とは

インフィニティ・ベンチャーズ小林雅のBlog

IVS小林さんによるTrampoline SystemsのCEOの紹介に「Ethnographer」という言葉が出てきますが、あまりなじみのない言葉だと思いますので、まず Trampoline Systemのビジネスが出来上がる上でかかすことのできないこの言葉について少し掘り下げてみたいと思います。

Ethnographer = 民族誌学者と訳され、人類学の研究の一つなのですが、近年ではビジネスマーケティングなどにも生かされているそうです。

LEGO社では,2003年にJørgen Vig Knutstorp氏が新たにCEOに就任した。同氏は有名な玩具メーカーであるLEGO社の先行きを決めるために,「なぜ子供たちは遊ぶのか」という根本的な質問に答える研究を進めることを決め,コンサルティングの企業デンマークReD Associates社に委託した。これを受けてReD社は,民族誌学者による全世界における子供たちの遊び方の研究に着手した。研究を始めた当初, LEGO社内の常識は,子供たちの遊び方は基本的に昔とは変わっているというものだった。玩具の将来は,時間をかけて組み立てたりしなくてもすぐに楽しめるPlaystationのような技術に依存し,LEGO社のブロックのような従来製品の価値はなくなったとみていた。

 しかし,ReD社の民族誌学者の研究によると,遊び方ではなく子供が遊べる環境が変わったことが分かった。「特に,米国では親の心配により子供が親から離れて自由に遊べる場所が減った」(ReD社のChristian Madsbjerg氏)。Playstationのようなゲーム機で遊べる時間は親から制限されているので,必ずしもLEGO社の製品の敵ではないと分かったという。さらに,比較的時間がかかる複雑な遊びにも子供たちはまだ興味があると結論付け,LEGO社製品にはまだチャンスがあると判断した。この研究に基づき,同社は製品群の約70%に変更を加え,コストの削減を進めた結果,利益を出せるようになった。この民族誌学者の研究は,LEGO社が2008 年第4四半期に開始する予定のオンライン・ゲーム「LEGO Universe」(発表資料)にも影響したという。

では実際に民俗学者によって行われるエスノグラフィーのどこが従来と違うかについては以下の記事が非常にわかりやすく説明しています。

フィールドワークは、そもそも文化人類学などの研究において確立された手法です。
仮説を持たずに集団に入り込み、集団と生活を共にする中で観察、コミュニケーションを行いながら、その生活を記述していく。そのフィールドワークにおける記述の方法がエスノグラフィと呼ばれます。

新しいものをデザインしていく場合、顧客やユーザーの声にたよっても、顧客やユーザーはデザインのプロではないので、イノベーションにつながる発見はほとんど得られることはありません。
そもそも顧客やユーザーは自分が普段どう行動し、何を感じ、どう判断しているかを意識していることはありません。それは自分自身の生活を考えればすぐにわかります。突然、どうして○○したの?と聞かれても、それに答えられる場合はそう多くないはずです。
相手のことを知ろうとする場合でも、相手に聞いてわかることと、相手に聞いたら余計にわからなくなってしまうことがあるのです。

最初に挙げた例は、大企業が自社の製品から顧客離れの原因を突き止める解決策としてエスノグラフィーが使われていますが、ベンチャー企業の起業のネタ探しとしても有用な手段のようです。最近になって
[http: //japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20368973,00.htm:title=日本進出を発表したイギリスP2P融資オークションのZopa]も、ビジネスディアはこのエスノグラフィーを用いて発見したそうです。

IT Week: How did the idea for Zopa arise?
Alexander: We were interested in how consumer attitudes are changing, because we wanted to create a business that would fit into the future, rather than just doing something faster or cheaper. We worked with ethnographers and social economists, looking at macro-economic trends and how technology affects society, government and regulation. We got very interested in a group of consumers we call free-formers - people categorised by self-reliance. They've given up on trusting corporations, government, and other institutions.

Zopaのアイディアはどのようにして思いついたのですか?

私たちは現在の仕組みを効率的にしたり、安く提供したりするよりも、変わりつつある消費者行動を反映した未来へ向けたビジネスを作りたかったのです。そのため私たちはエスノグラファーや人類学者達とともに、マクロ経済のトレンドやテクノロジーがいかに社会に影響を与えているかについて調べてみました。その結果、私たちが「フリーフォーマー」と呼ぶ、政府や大企業に頼るのではなく、自分の道を自分で切り開いていく人々の存在を発見したのです。


4.イタリアの孤島の住人達からヒントを得たビジネスアイディア


インタビュー記事や統計などからは現れにくい兆候を探り出すのに有効なエスノグラフィーという手法なのですが、Trampoline SystemsのCEOは、どのような方法でビジネスアイディアを思いついたのでしょうか?なんと彼のアイディアは一年間にもわたるイタリアの孤島でのエスノグラフィーから導きだされたのだそうです。

In 1999, Armstrong became frustrated with the ”dysfunctional” nature of corporate systems and decided to see if he could figure out how people naturally organize and communicate in an environment without access to the technology and tools of modern communications.

He moved for a year to St Agnes, an island with 72 inhabitants that is one of the Isles of Scilly, an archipelago of islands off the southwesternmost tip of the United Kingdom.

While there Armstrong started an initiative to build local IT training skills but mostly he watched and listened to how the locals interacted and shared information in their daily comings and goings. One of the “big events” of each week was the arrival of a boat from neighboring St. Mary. When the boat was cancelled, which it sometimes was, there might be six people in the village who needed to know. Armstrong found consistently that they would all have that information within hours, even without a formal distribution system, and there would be no ‘verbal’ spam for uninterested people. This feat was accomplished without any formal or even conscious processes.

1999年、大企業内システムのコミュニケーション機能不全さに嫌気がさしたArmstrongは、テクノロジーや近代的なコミュニケーションツールから阻害された環境内でいかに人々がコミュニケーションを計るかを調べるため、シシリーにある島々の一つで、居住者が72人しかいない島へ1年間移り住む事にした。島内でのITトレーニングを提供する傍ら、住人の日々の行動をくまなく観察したArmstrongはいくつかの興味深い動きに気がついた。外部との交流の少ない島では、近隣から週に一回訪れるボートが島の一大イベントの一つなのだが、このボートの訪問がたまにキャンセルされる場合、常にこの情報を最初にキャッチする6人がいることに気がついた。この6人は特別なコミュニケーションプロセスが確立されているわけでもないのに、常に情報を最初の2〜3時間以内に入手していたのだ。

Armstrong reasoned that employees of modern corporations have the same native instincts and tacit intelligence but they seem to have become crippled by the formal structures and electronic information systems. Based on his observations, Armstrong patented a new technique for distributing items through a social network that aims to harness social behavior to manage information better.

Armstrongは、大企業の従業員間にもこういった資質が備わっているにも関わらず、閉鎖的な部署構造や、電子メールに頼ったコミュニケーション方法によって機能不全に陥っていると結論づけた。そこでArmstrongは、企業内でのSocial Behaviorを利用した情報の伝達管理方法に関する数々の手法をパテントした。

The company’s main application is called SONAR (Social Networks And Relevance), an appliance that plugs into the corporate network and connects to existing systems such as email servers, contact databases and document archives.

SONAR analyzes data in the systems to build a map of social networks, information flows, expertise and individuals’ interests throughout the enterprise. Basically, it looks for trigger words and phrases that recur frequently, then, like gossip spreads on an island, passes on the information to the people for whom it will be relevant.

同社の主力製品であるSONAR(Social Networks and Relevance)システムは、企業内の既存のE-mailシステムやコンタクトデータベース、ドキュメントシステムに接続し、その内部データを分析する。
そこからソーシャルネットワークや情報の流れ、だれが特定の情報に詳しいかといった情報を抽出したマップを作り出す。基本的には頻出する単語やフレーズを抜き出し、特定の情報を、それを必要としているだろう人々に伝達するのを可能としている。それはまるで島内で噂が広がるように伝達が可能なのだ。


これは社内の「お局様」や「情報通」に通じるものなのでしょうか?私が大企業につとめていた時、私の隣に座っていた、在籍10年近く(日本に比べて欧米の会社は人の入れ替わりが激しいので、10年もいると最古参に分類されるようになります)になるベテラン社員がこれに該当していたのを覚えています。

彼は別に社内の役職が高いという訳でもないのですが、社内の噂はたいがい彼から入手していましたし、誰にどの情報を聞けばよいかわからないときは、彼に聞けばほとんど知っていました。

こういったアナログな裏ネタ的情報を通常のナレッジマネジメントシステムで構造的に管理しようとしてもなかなか難しいですが、e-mailや社内文章の端々に散在する個人情報をかき集めて、有効な情報にまとめあげるのがTrampolineが「Enterprise 2.0」や「Enterprise SNS」と呼ばれる所以なのでしょう。


次回は、私なりに考えるTrampoline Systems の弱みや強み、利用用途なども書いてみようかと思っています。